筆者がある金融機関A社の情報システム部門に中堅SEとして勤務していた頃の話である。当時筆者は、A社内業務効率化を推進するためのイントラネットシステムを構築するシステム開発に、サブチーフとして参加していた。筆者の役割は、A社内の各業務部門から手作業で行っている事務を洗い出し、情報化することをミッションとしていた。このプロジェクトは、情報システム部門が情報化戦略のインフラとして企画・立案したもので、その成功は情報システム部門の大きなミッションであった。筆者には「関連業務部門を巻き込みながら推進していくこと」という指示が出されていた。このような背景をもってスタートしたプロジェクトであったが、関係業務部門の反応は良好であった。いままでシステム化が進んでいない部門は今回の話を歓迎し、積極的に情報化に協力してくれ、予定通りに事務分析、情報化が進んだ。しかし、販売部門の業績管理課だけ消極的で、分析はほとんど進まなかった。筆者は何度も業績管理課の担当者に「会社の決定なのだから、分析を進めてほしい」と働きかけたが、先方担当者である係長は「当方は十分効率化できているし、決算時期で忙しい」と取り合ってくれなかった。業績管理課の情報化が遅れていることは周知の事実であり、情報化が不要というのは言い訳である。次第に筆者は業績管理課に感情的に話をするようになり、先方も筆者を敵視する雰囲気となった。もはや冷静な話し合いをする雰囲気ではなく、お互いに相手の話を無視するようになったのである。
このような状況で、プロジェクトが進むわけがない。筆者は上司であるシステム企画課長の川村(仮名)に呼ばれ、事情を説明することになった。
川村: |
芦屋、業務分析が遅れているようだな。何があったんだ。 |
芦屋: |
課長、業績管理課ですよ。何を言っても進めようとしないんです。こちらは何度も指示しましたけどね。 |
川村: |
それは問題だな。原因は何だ? |
芦屋: |
原因? それは説明したとおり、業績管理課が進めないことが原因です。 |
川村: |
そうじゃない。それは「事象」だ。彼らが進めないのは「事象」であり、真の「原因」ではないんだよ。君に聞いているのは、彼らが分析を進めない理由なんだ。これが分からなければこの問題は解決しない。 |
芦屋: |
彼らが「なぜ進めないか」の理由? |
川村: |
そうだ。厳しい言い方だが、君の問題解決アプローチは正しくない。今回の場合、「彼らが進めないからプロジェクトが進まない。したがって彼らが悪く、プロジェクトを進める立場にある芦屋は悪くない」というのは考え方では、問題はいつまでたっても解決しない。 |
芦屋: |
私に責任があるというのですか? 私は一生懸命やってもすけれども……遅れが私の責任ということではないと思うのですが。 |
川村: |
芦屋、君は今後プロジェクトマネージャや組織の管理者になっていきたいのか? |
芦屋: |
はい。そうしたいと思いますが。 |
川村: |
だったら、「他人を責めても問題は解決しない」ということを知っておいたほうがよい。問題を解決するために必要なことは、「自分の行動を変える」ことだ。 |
芦屋: |
自分の行動を変える? |
川村: |
そうだ。プロジェクトマネージャや組織の責任者は仕事を完成させ、成果を出す必要がある。だから、「他人が原因で進まない」というのは許されず、何があっても他人に行動させることが必要だ。でも、他人の行動を変えることは難しい。だから、自分の行動を変えることで、他人の行動を変えるんだ。今回、君は彼らに丁寧に頼むことをしたか? 頭を下げたのか?彼らの仕事の忙しさ、立場などを理解したか? 彼らの気持ち、システム部に対する過去の感情などを全て調べた上で、彼らの行動を促すために、君がどう行動するか考えたのか? |
芦屋: |
いえ、「会社の決定なのだから、分析すべき」という口調だったと思います。彼らはお客様ではありません。同じ会社の人間です。そこまでする必要があると思いませんでした。 |
川村: |
当然、そこまでやるかやらないかは個人の自由だ。しかし、「仕事を成功させる」というのは、そういうことまでやる必要があるのだと思う。 |
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結局、これ以降の筆者はミッションや行動のインセンティブを考えながら、業績管理課の担当達を助けるにはどうすればよいかを考えるようになった。助けようと思えば思うほど、彼らのモチベーションは上昇し、達成感が味わえるほど両者の人間関係は向上した。次第に筆者は彼らのインフォーマルな上司になっていった。このプロジェクトは成功したのである。
どんな状況でも成果を出せるのが優秀なマネージャである。それを理解してほしい。
では、次回からは、今まで説明した4つのエリアのマネジメントに必要な要素「ミッション」「行動のインセンティブ」をより具体的に説明しよう。モチベーションの与え方、情報の収集の仕方、相手を感動させる言葉の使い方などを説明する。
■芦屋 広太(Asiya
Kouta)氏プロフィール |
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OFFICE ARON
PLANNING代表。IT教育コンサルタント。SE、PM、システムアナリストとしてシステム開発を経験。優秀IT人材の思考・行動プロセスを心理学から説明した「ヒューマンスキル教育」をモデル化。日経コンピュータや書籍への発表、学生・社会人向けの講座・研修に活用している。著書に「SEのためのヒューマンスキル入門」(日経BP社)、「Dr芦屋のSE診断クリニック(翔泳社)」など。
サイト
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