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特集4:現場の事例で学ぶマネジメント連載ヒューマン・マネジメントのテクニック(4)

 
●エリア(2)ケース事例


 筆者がA社でコンサルタントをしていたときの話である。A社はユーザ企業B社から大規模案件の受注を受けるため、積極的な提案活動をしていた。筆者は提案チームのリーダだった。この提案は何回かに分けて行っていたが、SEチームの協力が必要だった。そこで、SEチームの加藤(仮名)に担当させることになった。加藤の資料はあくまで元資料であり、我々提案チームが見栄えよく修正するつもりであったが、筆者は加藤に期待していた。A社ではSEに顧客様向け提案書を作成させることはない。しかし、今回は特別に加藤に機会が与えられたからである。加藤がミッションを理解できる人材であれば、必ず我々を感心させる資料を作成するに違いないと考えていたからだ。
 しかし、加藤の認識は「指示されたことを書く、言われたとおりに修正する」という“受身な態度”であり、ミッションを理解していなかった。筆者は加藤のために「ミッション」と「行動のインセンティブ」を理解させなければならなかった。以下はそのときの状況だ。提案チームに加藤が説明する前に、筆者だけに説明してもらうことにした。

筆者: (一通り説明を聞いて)加藤、これじゃ駄目だ。何を言いたいのか分からないし、同じことを違う表現で書いていたリ、説明する側も聞く側も混乱する内容だと思う。当日までに修正してくれないか?
加藤: そうですか…… でも、今回はこれで説明させてください。全メンバーの意見を聞いてからまとめて修正したほうが効率的ですから。それに、最終的には、そちらでプレゼン資料に焼き直していただくのですから、細かい表現違いは気にしてません。我々SEはそこまでできませんので……
筆者: なるほど。君がずっと今のままでいいならそれでもよいだろうね。君は将来も下流SEでいるつもりなの?
加藤: ……
筆者: 将来は何になりたいの?
加藤: あまり考えていません……
筆者: でもね、いつまでも下流SEでは面白くないよね?
加藤: そうですね……
筆者: 下流SEとコンサルタントではどっちが好き?
加藤: それは芦屋さんみたいになれればよいですけど……
筆者: じゃあ、できるかどうかはわからないけど、コンサルタントになりたいんだね。
加藤: はい。実は芦屋さんのようなコンサルタントになりたいんです。
筆者: 了解。では、いつなるの?
加藤: それは、会社が……
筆者: 会社がそのうち君をコンサルに任命してくれると思っている? 君のような考え方をする人材にはコンサルは無理だよ。だから、このまま何もしなければ、会社は君をコンサルにはしないと思うよ。
加藤: そうなのですか……
筆者: 加藤、将来のビジョンがあるのなら行動に移すべきじゃないのか? 下流SEの仕事とコンサルの仕事は違う。コンサルは、顧客の問題を探り出し、IT技術を使って改善するのが仕事だ。だから、顧客の問題やその解決方法を正しく伝える力、当社のソリューションを訴求する力が求められる。でも、下流SEはシステム設計自体で評価されるから、ドキュメントスキルはあまり問われない。君が今のポジションにいれば、いつまでたっても顧客を説得できる資料や話法は習得できないんだよ。
加藤: 今のままでは、無理なのでしょうか?
筆者: 君の意識の問題だと思う。考え方を変えれば、スキルをつけることが可能になるのではないかな?
加藤: でも、どうすれば……
筆者: まず、君がしなければならないことは、提案チームの一員になったつもりで資料を作成することだ。分からなければ、提案メンバーに聞けばよい。とにかく、君が作った資料をそのまま顧客に使えるくらい完璧なものにすることだ。そうすれば、君のポジションが変わる可能性が高くなる。
加藤: ポジションが変わる可能性?
筆者: そうだ。提案メンバーを感心させる資料を作れば、君の評判が高くなり、君が提案メンバーに入る可能性も高くなる。提案メンバーに入れば、顧客と直接話ができる。そうなれば、君がコンサルになれる可能性も高くなる…… 加藤、成り行きに任せて成長できるわけがないんだよ。ビジョンがあるのなら、それに向けて具体的成長のための工夫をしなくてはいけないんだ。

 それからの加藤は、筆者や提案メンバーのアドバイスを受けながら一生懸命提案資料を修正した。彼のミッションは「提案を成功させる」に動機付けられ、先輩コンサルタント達のアドバイスや評価が「行動のインセンティブ」となった。結局、加藤は筆者の直接の部下として、コンサルタントの提案チームに入れ、指導を続け、かなり「考えることのできる男」に変身した。1年前とは別人である。一度ミッションと行動のインセンティブを理解させることができると育成は楽なのである。

 「ミッションと行動のインセンティブ」を理解させる。これがヒューマンマネジメントでいかに重要かがお分かりいただけたであろうか。次回はエリア(3)について説明する。

 

■芦屋 広太(Asiya Kouta)氏プロフィール
芦屋広太氏 OFFICE ARON PLANNING代表。IT教育コンサルタント。SE、PM、システムアナリストとしてシステム開発を経験。優秀IT人材の思考・行動プロセスを心理学から説明した「ヒューマンスキル教育」をモデル化。日経コンピュータや書籍への発表、学生・社会人向けの講座・研修に活用している。著書に「SEのためのヒューマンスキル入門」(日経BP社)、「Dr芦屋のSE診断クリニック(翔泳社)」など。

サイト : http://www.a-ron.net/
連絡先 : clinic@a-ron.net

 
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