初音ミクが拓いた音楽の未来/身近な事例で学ぶ「DX×ビジネス」ビジネスパーソンと学生のためのデジタル変革ガイド Vol.14

初音ミクが拓いた音楽の未来

NHKの新プロジェクトXで、「情熱の連鎖が生んだ音楽革命 ~初音ミク 誕生秘話~」が4月19日(土)に放送されました。その中では、前回のコラムでも取り上げた米津玄師さんのコメントや、ニコニコ動画との関連も紹介されていました。
今回は、初音ミクを題材にして、DX×ビジネスの観点について、考えていきたいと思います。
4月26日(土)の午後8:47 までは、NHKプラスの見逃し配信で見ることができますので、是非見ていただきたいです。

参照:NHK+「新プロジェクトX 情熱の連鎖が生んだ音楽革命 ~初音ミク 誕生秘話~」:2025年4月26日(土) 午後8:47 まで
https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2025041910816
   

日本で初めての歌声合成ソフト

初音ミクの登場に至るまでには、開発者や販売者たちの失敗と試行錯誤が続いたそうです。
ヤマハの技術者である剣持秀紀さんらが、日本で初めての歌声合成ソフトを開発しましたが、その時はヤマハ単独での商品化には至らなかったそうです。
「これなら人が歌った方が早い」というのがその理由でした。
私は当時のヤマハ幹部の判断は間違っていたとは思いませんし、大手企業として採算が取れないとの判断をしたのは、当時の状況を考えても当然だったとも言えます。
そこで、ヤマハの取引先でもあったベンチャー企業のクリプトン・フューチャー・メディアが、歌声合成ソフトの販売元として名乗りを上げ、日本で初めてのボーカロイドである「MEIKO」や「KAITO」が販売されます。
しかし、それらの当初の販売は不振に終わり、ヤマハの開発体制も縮小されてしまいました。
そのときに、当時の開発部門責任者だった新美幸二さんが、リーダーの剣持秀紀さんに「新しい分野こそ粘って、細くても長く続けなさい」という趣旨の言葉をかけたということが印象に残っています。
新美幸二さんは、ボーカロイドが21世紀の新しい楽器と呼ばれるものになることを予見し、長いスパンで見ることの重要性を語っていました。
こういった素晴らしい管理者がいることがヤマハの強みであり、以前にこのコラムでも紹介した「ライブの真空パック」のような、先進的なデジタルビジネスを手掛けることができる理由だと感じました。

参照:ヤマハ リアルサウンドビューイング:2025年4月時点
https://www.yamaha.com/ja/about/business/music-connect/real-sound-viewing/

初音ミクの誕生

クリプトン・フューチャー・メディアの設立者でもあり代表の伊藤博之さんは、当初あまり売れなかったボーカロイドの「MEIKO」や「KAITO」がニコニコ動画で自由に使われ、楽しまれていることに気が付きます。
そして、そこに着目して、ニコニコ動画でもっと使われるようなボーカロイドを目指しました。
そのアイデアを具現化して初音ミクの姿を作り上げたのは、当時まだ入社二年目だった佐々木渉さんだったといいます。
代表の伊藤さんのアイデアと若手の佐々木さんのセンスが初音ミクを作り上げました。
ヤマハの開発者たちも、努力を続けて、高品質のボーカロイドを作り上げました。
まさにDX時代に重要視されている「協創」が初音ミクを生み出したと言えます。
発売当初には音楽雑誌に「3歳児並みだ」と酷評されてしまった「MEIKO」や「KAITO」は、今では品質が大幅に向上したバージョン3が販売されています。
また、ヤマハ本体でもボーカロイドを販売しています。
どちらも素晴らしい品質で、頭が下がる思いがします。

参照:クリプトン・フューチャー・メディアホームページ「MEIKO」:2025年4月時点
https://ec.crypton.co.jp/pages/prod/virtualsinger/meikov3

参照:クリプトン・フューチャー・メディアホームページ「KAITO」:2025年4月時点
https://ec.crypton.co.jp/pages/prod/virtualsinger/kaitov3

参照:ヤマハVOCALOIDホームページ:2025年4月時点
https://www.vocaloid.com/

自由に使える! 初音ミクの著作権の考え方

その後、大手広告代理店などから、初音ミクの肖像権を売ってほしいという打診を受けます。
グッズやアニメ化の権利など莫大な利益を生む提案でしたが、クリプトン・フューチャー・メディアは、そのオファーを断ります。
目先のお金になるビジネスチャンスよりも、初音ミクを使って、たくさんの人が思うままに投稿できる自由度を選択した結果ということです。
そして、一定のルールを守ったうえで、非営利かつ無償で利用する場合は、二次創作を認めるという利用許諾契約まで用意しました。
初音ミクを利用する際の考え方や注意事項を動画でわかりやすく解説していますので、是非参照してみて下さい。
著作権の勉強にもなると思います。

参照:著作物の利用範囲を拡げるPCLとピアプロリンク:2025年4月時点
https://www.youtube.com/watch?v=SyWd9UEG3wchttps://lp.comic-copilot.ai/

参照:piaproホームページ「キャラクター利用のガイドライン」:2025年4月時点
https://piapro.jp/license/character_guideline

自由に使える初音ミクが、音楽の未来を変えた

私は初音ミクに対するこの考え方は、ソフトウェアの「オープンソース」の考え方に似ていると思いました。
初音ミクを自由に使ってもらうという決断により、まだ世に出ていない作曲家が、初音ミクを使って自分の作品を多く投稿するようになったそうです。
その中から、Adoさんにも楽曲を提供している作曲家のDECO*27さんや米津玄師さんなどが世に出ていきました。
その他にもYOASOBIのAyaseさん、ヨルシカのn-bunaさんなど、例を挙げると切りがありません。
Adoさんは初音ミクの曲を自分で歌ったものを投稿したことをきっかけに、有名になっていきました。
多くの才能が初音ミクを自由に活用することにより、初音ミクは、単なるボーカロイドという存在だけでなく、音楽の未来を変える存在になったと言えます。



オープンソースと初音ミクの自由利用

ソフトウェアの
オープンソース
プログラムのソースコードを一般に公開し、不特定多数の開発者に利用させたり、プログラムの改変や再配布も許可したりするソフトウェア開発手法。不特定の開発者が携わることによって、あらゆる分野のニーズに基づいたソフト開発や機能改善が柔軟に行えるメリットがある
初音ミクの
自由利用
初音ミクを自由に使うことにより、まだ世に出ていない作曲家やアーティストが、自分の作品を多く投稿するようになったことで、音楽の未来を変えた

初音ミクが歌う「君の体温」とその曲をカバーして歌ったAdoさんの動画を紹介しますので、聴き比べてみるのも楽しいですよ。
AdovanceはAdoさんが初めてニコニコ動画に投稿した時に使った名前です。

参照:【初投稿】君の体温 歌ってみた【Adovance】:2025年4月時点

参照:初音ミクオリジナル曲「君の体温」:2025年4月時点

初音ミクから考える、AIとの付き合い方


初音ミクは、人間の歌に負けないようなボーカロイドとして、工夫に工夫を重ねて開発されましたが、人間のミュージシャンを脅かす存在ではなく、世に出ていないミュージシャンの才能を発掘し、育てて、活躍の場を与えるものとして花開きました。
生成AIやAIエージェントも初音ミクと単純比較はできないかもしれませんが、人間の可能性を発掘したり、育てたり、活かしたりするものとして活用できる道を考えるべきなのだと私は感じました。


AIエージェント
一つ一つを指示しなくても、目的に向かって必要なことを考えて、自律的に仕事をこなすAI。
生成AIに次ぐ進化の形とされ、日程調整、交通手段や食事先の提案・予約・決済、データ入力作業や提案書準備、契約書作成などを自律的に進めるものも出てきている。

あたりまえの未来や超ワクワクする未来を創造する


初音ミクの生みの親の一人である伊藤博之さんがクリプトン・フューチャー・メディアを立ち上げたのは、1995年の7月。
今から30年前に伊藤博之さんは「コンピューターやネットはすぐに進化して、誰でも音楽を作り、世界中に発信できるようになるのではないか」と考えていたそうです。
その先見の明には心から驚かされ、今の日本の音楽界の流れを作ってくれたのだと感謝するばかりです。
初音ミクの前身とも言えるボーカロイドの「MEIKO」が発売されたのが2004年。
スウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授らがDXという概念を初めて提唱したばかりの頃です。
そして初音ミクが初めて世に出たのが2007年、今から18年前のことです。


前回のコラムのテーマにもしましたが、これまでは埋もれていた才能の発掘が可能になったデジタル時代だからこその基盤を、初音ミクが登場した18年前に、日本の企業が作ってくれていたことを考えると、とても感慨深く、また誇らしくも思います。
その観点を踏まえて私が思い出したのは、キヤノンマーケティングジャパンさんの「超ワクワクする未来を実現する会社」や大日本印刷さんの「みらいのあたりまえをつくる。」というキャッチフレーズです。
これからも日本企業発のチャレンジやサービス・事業を通じて生まれる、新しい「未来」に期待したいです。


参照:キヤノンマーケティングジャパングループホームページ「企業情報」:2025年4月時点
https://corporate.jp.canon/profile/communications/ad/wakuwaku

参照:大日本印刷ホームページ「コーポレートブランド」:2025年4月時点
https://www.dnp.co.jp/corporate/pr/logo/index.html

さいごに

初音ミクは「未来からきた初めての音」という思いを込めて命名されたそうです。
初音ミクを18年前に世に出してくれた開発者や販売者の皆さんは、まさに米津玄師さんやAdoさんなどの活躍を通じて、私たちがワクワクする未来をあたりまえの世界にしてくれたと言えます。
デジタルによる変革に取り組んでいる皆さんも、そんな未来を作っていけるといいですね!

今回学んでほしいポイント

  • 約20年前の初音ミクの誕生時にも、企業の協創があったことを知る
  • 著作権の権利をあえて主張せずに、自由利用してもらうことが、別の価値を生む事例があることを知る
  • 先を予見する力と、失敗を糧に努力し続けることが、未来を切り拓くことを知る

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この記事の著者

株式会社Live and Learn 講師 DXビジネスエヴァンジェリスト

福島 仁志

ふくしま ひとし

この記事の著者

[DXビジネス・プロフェッショナルレベル認定2023] 株式会社Live and Learn講師 東京都在住。 新卒でNTTに業務職として入社。 顧客応対業務やシステム開発、法人営業の業務に従事したのち、 2016年にNTTを早期退職。2017年より株式会社Live and Learnで主に研修講師やコンサルティング業務に従事。 「消費生活アドバイザー」「ITILエキスパート」「ビジネス法務エキスパート®」などの資格を持つ。 趣味はバレーボール、プロレス観戦など。