「海に眠るダイヤモンド」で考える収益モデルとビジネス指標
前回のコラムでは生成AIと日本のエネルギー問題を取り上げ、その中で長崎県端島(軍艦島)の炭鉱をテーマにしたドラマ「海に眠るダイヤモンド」を紹介しました。
今回のコラムではこの「海に眠るダイヤモンド」を題材にして、収益モデルやビジネス指標、データ分析の観点を深堀りして考え、デジタル時代ならではの変化についても触れてみたいと思います。
このドラマを見ていない皆さんも、自分の好きなドラマやアニメに置き換えて考えてみて下さいね。
地方活性化にもつながる「聖地巡礼」
私はこのドラマがとても好きで、今年の正月には伊豆方面のロケ地の一つを車で訪れました。
神木隆之介さんが杉咲花さんに告白したシーンや、土屋太鳳さんと清水尋也さんの結婚式のシーンが撮影された場所です。
ネット配信で俳優の皆さんが「撮影時間よりも移動時間の方が長かったんじゃないか」とおっしゃっていた4時間以上の長時間移動と景色の素晴らしさも、そしてドラマで映った風景だけでなく、俳優さんが見たであろう目線の景色も追体験してきました。いつか実際の端島(軍艦島)にも行ってみたいと思っています。
このように、映画やドラマの撮影地や、アニメ・ゲームなどにゆかりのある場所を訪れる「聖地巡礼」は、地方活性化のビジネスチャンスと言われています。
例え遠くて不便な場所でも、熱烈なファンであれば出かけますし、社会課題解決の一つである地方活性化にもつながります。
「海に眠るダイヤモンド」では、メインの撮影場所である「端島銀座」のロケ地になった群馬県渋川市の場所が、群馬県公式YouTubeでも紹介されていました。
参照:TBS公式 YouTube「海に眠るダイヤモンド」第6話 切り抜き 朝子が好きだ:2025年1月時点
参照:TBS公式 YouTube「海に眠るダイヤモンド」撮影裏側 賢将(清水尋也)と百合子(土屋太鳳)の結婚式:2025年1月時点
参照:tsulunos 〜群馬県公式〜YouTube:2025年1月時点
二度楽しめたネット配信
以前のコラムでも書いたように、民放のテレビは、基本的に広告モデルという収益モデルで成り立っています。
そしてネット配信に比べるといろいろな制約があるのも事実です。
「海に眠るダイヤモンド」を例に取ると、2024年10月22日の第1話放送を終えた後、翌週の10月27日は衆議院選挙の特番のためお休みになりました。
その影響を受けて、全10話の放送予定だったものが、最終回の12月22日に第9話と第10話を連続して放送する二時間番組となりました。
ネット配信での最終回は、本来の第9話と第10話が分かれて収録されており、第9話のクライマックスシーンで主題歌の「ねっこ(King Gnu)」が流れます。
また、テレビ放送の放送時間は簡単には変更できず、限られた時間や条件の中で番組を編集するのですが、中には泣く泣くカットしたシーンも多くあると聞きます。
一方、時間の制約を考える必要がないネット配信の第9話と第10話は、テレビ放送ではカットせざるを得なかった場面も加えた、いわゆるディレクターズカット版となっています。
演技の「間」があることで、より深みが感じられるシーンになっているものもあり、デジタル時代のネット配信ならではの、テレビ放送との違いを楽しめました。
また、ブルーレイ・DVDは、すべての回がディレクターズカット版で収録されるようですし、さらに主演の神木隆之介さん、脚本の野木亜紀子さん、監督の塚原あゆ子さんの解説音声が入っている「オーディオコメンタリー」も収録されるそうです。
参照:『海に眠るダイヤモンド』【公式X】
https://x.com/umininemuru_tbs/status/1873234421379416338
ウィンドウィングとフリーミアム
一つの作品を、時期や媒体を変えて何度もリリースし、収益を最大化する仕組みのことを「ウィンドウィング」といいます。映画ビジネスなどで行われている収益モデルです。
テレビドラマやアニメを例に取ると、テレビ放送、ネット配信、ブルーレイ・DVD販売、映画化した場合はさらに映画収益などで、収益最大化を図っていると言えます。
その観点で考えると、民法のテレビドラマなどの収益モデルは、ウィンドウィングに加えて、フリーミアムの側面もあるようです。
視聴者は無料で広告モデルのテレビ放送を楽しむことができます。
好きな番組をきっかけにネット配信契約をする方もいるでしょう。
さらにコアなファンはキャラクター商品を買い、オリジナルのコンテンツを楽しむために、ブルーレイやDVDを購入します。
サービスの提供側から見ると、無料の放送で広く認知してもらって、コアなファンには有料サービスも提供するというフリーミアムという収益モデルです。
ウィンドウィングとフリーミアム
ウィンドウィング | 一つの作品を、時期や媒体を変えて何度もリリースし、収益を最大化する収益モデル |
フリーミアム | フリー(無料)とプレミアム(上等な)からなる造語 フリーモデルの一つで、一般的には一部の有料会員からの収益で、無料利用者を含むサービス全体を成立させる収益モデル 無料部分を広告収入などで補う場合もある |
データ分析の観点から見た「視聴率」
ところで「海に眠るダイヤモンド」は、名作が多いTBSの日曜劇場の中では、視聴率は良くなかったようで、2010年以降の日曜劇場でワースト2位の視聴率だったと言われています。
ここで、視聴率をデータ分析の観点から見てみましょう。
視聴率調査対象の世帯は、全国約5000万世帯から、約1万世帯をランダムサンプリング(無作為抽出法)により抽出されます。調査対象は全体の約0.02%に過ぎませんが、母集団の中から調査対象となる一部を取り出し、全体を推定する「標本調査」という統計学に基づいた理論が用いられています。
ビデオリサーチ社では、これらのデータを基に世帯視聴率、個人視聴率、リアルタイム視聴率、シフト視聴率など、様々なデータを調査しています。
ビデオリサーチ社のホームページで詳しく解説されていますので、興味のある方は是非、確認してみてください。
少数のデータから全体を推定するデータ分析手法
標本調査 | 母集団の中から調査対象となる一部を取り出し、それにより全体を推定する統計学の理論 |
ランダムサンプリング (無作為抽出法) | ある母集団から、データの偏りをなくし、母集団全体の特性をよりよく表すために、一部のデータを完全に無作為に抽出する統計学の理論 |
参照:VR Digest+ 「視聴率の調査地区と測定方法」 ビデオリサーチが解説
視聴率 基本の『キ』:2025年1月時点
https://www.videor.co.jp/digestplus/article/tv240926.html
時代に合ったビジネス指標を考える
視聴率は、広告ビジネスの広告効果を図るための重要な指標です。
しかし、フリーミアム的な側面を持った現代のテレビ放送では、視聴率だけでなく、DVDや関連商品などの売り上げ、聖地巡礼の地域貢献、映画化した場合はその収入、ネット配信への貢献度など、いかに収益を最大化できたかという総合的な収益指標で評価する観点も必要だと思います。
もちろん、放送業界ではそういった総合的な収益評価指標も持っていると思います。
ただ、世間的には作品自体の評価も視聴率で決まる風潮も根強いですし、一般的なビジネスの世界でも、過去から見直されない指標は意外にあるものです。
私が会社勤め時代に携わったコンタクトセンターの業界でも、本来評価すべき顧客満足度やビジネスへの貢献度とは必ずしも直結しない「応答率」という指標が以前は重視されていたものでした。
皆さんの周りでも、これまでの評価指標に加えて、デジタル時代ならではの新たな指標をゼロベースで考えることが大事だと思います。
ギャラクシー賞月間賞を受賞
一方で「海に眠るダイヤモンド」は、2024 年12月度ギャラクシー賞月間賞を受賞しました。
こちらはTBSの日曜劇場では9年5カ月ぶりの受賞だそうです。
ギャラクシー賞とは放送批評懇談会が日本の放送文化の質的な向上を願い、優秀番組・個人・団体を顕彰するために、1963年に創設したものです。以下は放送批評懇談会の選評です。
『日本の近代化を支えながらも、歴史の地層に埋もれていった炭鉱の人々の記憶が作品を通じて掘り起こされる。個人の記憶アーカイブに過ぎなかった鉄平の記憶が、いづみと玲央に読まれることで集合的記憶になって、さらにドラマ自体が社会が忘却していた記憶を視聴者に共有させる。凄いドラマである。』
参照:放送批評懇談会2024 年12月度ギャラクシー賞月間賞プレスリリース:2025年1月時点
https://www.houkon.jp/wp-content/uploads/2025/01/gekkan202412.pdf
歴史に学ぶ姿勢
最終回のネタバレを含んでしまいますが、炭鉱で栄えた端島(軍艦島)で育って現代に生きる、宮本信子さんが演じる「いづみ」の娘夫婦が、廃材を利用したバイオマス発電の会社を立ち上げます。
「海に眠るダイヤモンド」の大きなテーマの一つが、過去の人々の考え方や行動は、知らず知らずのうちに現代を生きる私たちの生活や考え方に影響を与えて、脈々と生き続けるというもので、これは、再生エネルギーへの転換の示唆を与えてくれる象徴的なエピソードである気がしています。
ドイツの宰相ビスマルクの言葉に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というものがあります。
自分の経験だけではなく、いろいろな失敗も含めた過去の出来事に学ぶべきだということを教えてくれる言葉です。
デジタル時代を生きる私たちも、戦争、高度成長期、バブル崩壊、震災など、良くも悪くもその時々を懸命に生きた先人たちが作ってきたものの上に成り立っています。
私にとって「海に眠るダイヤモンド」は、今後のビジネスや社会課題解決を考えるうえでも、これまでに起きたことをしっかり学んで、今という時代を懸命に生きていくヒントにしようという決意を新たにさせてくれるドラマでした。
今回学んでほしいポイント
- 自分が関心を持っている身近な事例がどのような収益で成り立っているのかを考えてみる
- 身の回りにある評価指標が、今の時代に合ったものか、もっと適切な指標はないかをゼロベースで考えてみる
- 自分の経験だけで学ぶ「愚者」ではなく、先人たちの失敗や考え方などの歴史からも学ぶ「賢者」になろう
株式会社Live and Learn 講師 DXビジネスエヴァンジェリスト
福島 仁志
ふくしま ひとし
[DXビジネス・プロフェッショナルレベル認定2023] 株式会社Live and Learn講師 東京都在住。 新卒でNTTに業務職として入社。 顧客応対業務やシステム開発、法人営業の業務に従事したのち、 2016年にNTTを早期退職。2017年より株式会社Live and Learnで主に研修講師やコンサルティング業務に従事。 「消費生活アドバイザー」「ITILエキスパート」「ビジネス法務エキスパート®」などの資格を持つ。 趣味はバレーボール、プロレス観戦など。